堀 淳一 アーカイブ 『堀淳一 旅の記憶』

世界最古の小さな電車
ブライトン フォルクの電気鉄道  

VOLKS ELECTRIC RAILWAY ASSOCIATION(VERA).

【1967年 英国にて 5】VOLKS ELECTRIC RAILWAY ASSOCIATION(VERA).

「Kさん。 ごぶさたいたしましたがお変わりありませんか。イギリスに来てからもう3カ月たってしまいました。ロンドン都心のウォータールー駅から国鉄電車で南西へ30分ほどのところにストロベリー・ヒルという小駅がありますが、その近くの下宿に住んでいます。ここは国電であちこちへ行くのにとても便利なところで、土曜日曜まる2日間の休みをフルに利用して、方々歩きまわっています。地下鉄もずいぶん乗りましたし、電車ファンのKさん向きの話題も山積しているのですが、手紙を書くより歩く方がつい先になって申しわけありません。今日は、もうふた月も前のことになってしまったのですが、4月の末にブライトンという町に出かけて、その海岸を走っているフォルクの鉄道(Volk`s Rail-way)の小さな電車に乗ったことを御報告しましょう。 ブライトンはイングランドの南海岸にある保養地で、ロンドンから真南へ国鉄列車の利用で1時間あまり行ったところにあります。ブライトン行きの列車はビクトリアとロンドン・ブリッジの両駅から出ていますが、私は下宿からの便の良いビクトリア駅から乗りました。ここへはストロベリー・ヒルからウォータールー行きの国電に乗り、クラファム・ジャンクション駅で乗りかえてゆくのです。ロンドンの南部地区は地下鉄が少ないかわりに国電の線路が網の目のように張りめぐらされ、運転系統も複雑で、なかなか覚えられません。」

 ”Kさん”への手紙という書き出しではじまるこの旅は、イギリス、ブライトンの海岸約1.6キロを走る小さな電気鉄道を訪ねたものです。”Kさん”は日本での鉄道仲間でしょうか。とりわけ電車についての興味が深い方のようです。堀先生はこの年(1967年)の4月からイギリスの英国国立物理学研究所の客員研究員として勤めていますが、それから約半年間、イギリスからヨーロッパ各地へ旅行し、さまざまな鉄道を巡っていますが、今回のフォルクの鉄道は、営業キロの短い電気鉄道である点でまさに”Kさん”好みといえるかもしれません。 さて、ロンドンの南西部にあるストロベリー・ヒルからウォータールー行きの列車に乗った堀先生は、途中、クラファム・ジャンクション駅でビクトリア行きの列車に乗り換えたわけですが、このクラファム・ジャンクション駅は英国内で「最も列車通過本数が多い」要衝として当時から知られていました。複数の幹線が交差するため「10数系統の国電が集散する恐ろしく大きな駅」と堀先生も表現しています。当時は16番ホームまであったそうですが、現在は17番線で一日に約2000本、ピーク時には20秒に1本の割合で列車が発着するのだそうです。そのため、近隣の複数の駅間では複々線、あるいは複複々線といった具合に線路が並び、「3本ぐらいの電車が同時に並走したり行き違ったりすることが珍しくなく、創刊なので、いつもカメラやノートブックを携えたマニアたちがたむろしています」と書いています。

※Clapham Junction Station MAP https://maps.app.goo.gl/DQT4nY5Q9vViEwGP9

「電車ばかりでなく、入れ替え用の蒸気機関車もいますし、サザンプトン方面へ行く蒸気牽引の急行列車がものすごいスピードで通過するのにもお目にかかれます。しかしサザンプトン線もこの秋に完全電化されるそうで、これらのSLたちも間もなく姿を消してしまうことでしょう。 ビクトリア発ブライトン行きの列車はたくさんありますが、鈍行愛好者の面目をここでも発揮しようと、11:47発の各駅停車に乗ることにしました。例によってがら空きで、コンパートメントをひとりで占領して行きました。英国の列車は大体いつも空いていて、ラッシュアワーに通勤電車に乗って70%ぐらいしか座席がふさがっていないのが普通ですが、南部地区の列車は特に空いているようです。ブライトンまでの80kmは完全電化されていて、この列車も電車でした。」

 「間もなく姿を消してしまう」と懸念されていたSLですが、残念ながらこの日からわずか数か月後の7月、電化の完了とともに蒸気機関車牽引による列車は廃止されています。 ブライトン行きの各駅停車に乗った堀先生ですが、実際にはそれぞれの列車によって通過駅が異なるようで、この日も”各駅停車”でありながらクラファム・ジャンクション駅から次の停車駅イースト・クロイドン駅までの間にいくつかある駅を通過しています。また、快速列車やセミ快速列車などの種別も複数存在して混走しているのですが、先に触れた”複々線”の存在がこれを実現させているというわけですね。実際にこの時も「あちら側の線を通ってこちらを追いぬいてゆく電車があるではありませんか。オヤオヤと思って改めて時刻表をよくみると、それはビクトリア12:00発で、ビクトリア-ブライトン間をちょうど1時間で走り、こちらより23分も早くブライトンに着くノンストップの快速列車でした」「料金が同じである上、シートもよく、さらに食堂車つきときているのですからシマッタと思いましたがあとの祭でした。」と綴っています。自らを鈍行愛好家と名乗っていながら、若干の後悔が見えるところはご愛敬でしょうか。 その複々線ですが、さらに南へ進んだスリー・ブリッジズ駅を過ぎたあたりで複線になります。ここからはサウス・ダウンズの丘陵地帯で起伏も多くなるからでしょう。 

「 複々線区間はどこまで続くのか、と見ていたら、スリー・ブリッジズの少し南に信号所があって、そこでやっと普通の複線になりました。この線だけが複々線区間が長いのならそう驚くこともありませんが、ロンドンから四方八方に出ている国鉄線は大ていこれくらいの複々線区間を持っているのですから、大したものだ、と思います。 この信号所で信号待ちをしたため、海岸の背後に横たわるサウス・ダウン丘陵の、早春の淡い緑が美しい渓谷を登り、トンネルを抜けてブライトン駅にすべりこんだ時は、定刻を10分ほど過ぎていました。駅の小さな食堂で昼食を済ませてカラブラブラ歩いて海岸へ出ると、まだ4月というのにポカポカとした容器で、マデイラ・ドライブと呼ばれる海岸沿いの遊歩道では早くも人々が日光浴を始めているほどの暖かさ。地図とにらめっこしながらその間を縫ってゆくと、遊歩道のすぐわきに目指すフォルクの鉄道の起点”水族館”(Aquarium)駅がみつかりました。ここからマデイラ・ドライブのすぐ南側の砂浜の上を、東に向かって真直に線路が伸びているのです。」

ブライトン駅前の通り

ブライトン駅前の通り

水族館駅

水族館駅. 線路の左側がマデイラ・ドライブ. 高い道路がマリン・パレード.

ブライトン駅直前にくぐったトンネルについては、堀先生は触れていませんが「クレイトントンネル」といって入り口の造形に特徴があるそうです。北側(ロンドン側)がまるで中世の城のような立派な塔と銃眼を備えたデザインになっていて、列車に乗っているとまるで城の門の中へ吸い込まれていくような感覚が味わえるのだそうです。 さてフォルクの鉄道ですがイギリスでは初の電気鉄道であり、2023年に開業140年を迎えた現役の営業鉄道としては世界最古の歴史ある鉄道です。これを実現したのは機械の工作が好きなドイツ系のマグナス・フォルクという人物で、自作のモーターを使った電車を走らせてみたいという興味から、ブライトンの海岸に軌間610mm、全長わずか400m足らずの線路を敷いたのがその始まりでした。近くには水族館があって海水浴に人が集まる夏にアトラクションとして営業を始めたのだそうです。その後、825mmへの改軌、電圧の昇圧や路線の延伸などを経て1940年にブライトンの市営となりますが、他の線区と同様に第二次世界大戦時には休業を余儀なくされて一時的に荒廃したこともありました。 全線単線ですが、途中のハーフウェイ(遊園地)駅には行き違い設備と電車庫があり、集電を専用レールからとる第三軌条方式のため、架線やパンタグラフはありません。

「 マデイラ・ドライブは車の往来も少なく、幅の広い歩道の上にはたくさんのデッキチェアが並んで、お年よりたちが一日中日向ぼっこをしており、その前をアベックや家族づれが三々五々そぞろ歩きを楽しみながら、ときどき通りすぎる電車を微笑とともに見送っていました。そんな光景と、砂浜で肌を焼いている水着姿の男女の間を小さな電車に揺られて走ってゆくのは、まことにのんびりした、そしてちょっとユーモラスな気分でした。私ははじめ水族館駅から終点のブラック・ロックまで乗り、そこから崖の上のもう1本の遊歩道マリン・パレードを遊園地まで歩き、ふたたび電車に乗って水族館駅へ帰ってきました。ブラック・ロックで降りるとき、改札口で切符を集めていた運転士(車掌も集札係もいません)に、日本から来たのだが、この切符を記念に持って帰りたいからくれないか、と頼んだら、2つ返事で快くオールライト!といってくれました。」

 ブライトンの美しいビーチとともに伸びる約1マイルの線路は現存する世界最古の電気鉄道。のんびりと走るその小さな電車と並行する遊歩道「マリンパレード」を歩く人々。それぞれの視線は自然に交差します。線路脇のビーチに目を向ければ、色鮮やかなストライプのデッキチェアが等間隔に並び、人々が思い思いの姿勢でくつろいでいます。読書に耽る者、目を閉じて波音に耳を傾ける者。そのすぐ横を小さな電車が静かに通り過ぎていく様子は、動的な都市の躍動と、静的なリゾートの安らぎが見事に溶け合った、ブライトンならではの絵画的な情景を描き出しています。 遊園地駅まで戻った堀先生は、売店でフォルクの鉄道の沿革や現状を書いた冊子を買い求めます。売り子のおばあさんから「この電車はとてもいい電車で、できてから80年もたつのですよ」と話しかけられますが、「エイティ」が訛りで「エイシー」と聞こえた発音に特に印象を持ったようです。 

イースタン・テラスを望む

アランデル・テラスを望む

マリン・パレードより海岸を望む

マリン・パレードより海岸を望む

遊園地駅

遊園地駅

水族館駅

水族館駅

「 一般にイギリス人は古いものを尊ぶ気風が強く、鉄道でもこのフォルクの鉄道のほか、各地にさまざまな古い小鉄道が残っていて、どれも立派に営業しています。また、いったん廃止になった私鉄や国鉄の一部を鉄道愛好者が買いとって復活させ、蒸気列車を再び走らせているという例も多く、この種の軽鉄道専門の時刻表付きガイドブックが出版されているくらいです。これらはほとんど全部、観光地のアトラクション兼子供や鉄道ファンの楽しみの対象として生きているのですが、フォルクの鉄道もブライトンという観光保養地の名物として成り立っているわけです。したがって電車が走るのは3月末から9月末までの半年間だけで、それも午前10時から午後6時までの日中に限られています。それにしては6ペンスという運賃はずいぶん安く、よくそれで営業が成り立っているものだと感心しますが、少しでも暖かくて日が照っていれば一日中日光浴をするのが好きなイギリス人を見ていると、マイカー時代にもかかわらず気ばらしや暇つぶしのための乗り物として結構繁盛するのも不思議ではない、という気もします。しかし何といっても、古いものに愛着する英国人気質が一番ものをいっているのでしょう。さきほどの売り子のおばあさんもそうでしたが、運転士の人たちも、自分たちの仕事を楽しみながら、かつプライドをもってやっている様子が印象的でした。」 

 北緯50度のブライトンは北海道の稚内市よりも北に位置し、4月末の春とはいえ日中の最高気温でも15度前後といわれています。潮風が吹けば体感温度はさらに下がって寒くなると思いますが、堀先生が訪ねたこの日は風も弱く明るい陽光が降りそそぐ暖かな一日だったことが、文面からも感じられます。フォルクの電車を堪能した堀先生は、砂浜で日が傾くまで過ごしたのちにロンドンへの帰路につきます。帰りぎわ、人出が増えてきたこともあって2両編成となって走っていた電車を名残惜しく見守りつつ、ブライトンを17:10に出る電車に乗車。もちろん、選んだその電車は往路で「シマッタ」と思ったノンストップの快速列車でした。 

水族館駅を出てブラック・ロックへ向かう電車

水族館駅を出てブラック・ロックへ向かう電車

ブラック・ロック駅

ブラック・ロック駅

「 日本の電車ファンの皆さんも相変わらずあちこちへ足を伸ばして活躍されていることでしょう。どうかよろしくお伝えください。また折にふれて英国の電車のことをお知らせいたしましょう。
1967.6.30 ストロベリー・ヒルの寓居にて。」

「ブライトンの小さな電車 ―フォルクの鉄道―」より

※この項は『英国・北欧・ベネルックス 軽鉄道の旅』(堀淳一著 交友社刊)掲載の内容をベースに紹介しています。現在では入手困難な本ですが、手に取る機会があればぜひお読みいただくことをお勧めいたします。写真はオリジナルのモノクロフィルムを使用して画像処理。カラーは創作です。
※引用文と写真撮影 堀淳一
※解説文および画像処理 久保ヒデキ
※下にフォルクの電気鉄道のWEBページURLを記します。

※VOLKS ELECTRIC RAILWAY ASSOCIATION WEBSITE

http://volkselectricrailway.co.uk/