【旧道フォトグラフス】・旧道に所縁のある一枚のカットを巡る小さな旅。

Vol、8   袋澗を望む積丹の旧道 (神恵内村)     写真 文 ・ 久保 ヒデキ

 

 

袋澗を望む積丹の旧道 (神恵内村)

 

 この古宇(神恵内)の海岸は、遠く松前時代より漁を営む定住者がいたにもかかわらず、断崖の続く独特な地形により陸路による交通を阻んできた。国道の原形ともなるこの旧道が開通したのは大正一一年。魚を岩内まで運搬する目的で、複雑な入り江を回り込み、海岸の崖にいくつものトンネルを掘りすすみながら造られたという。しかし皮肉にもその主たる漁獲物であったニシンは、それ以降その量を減らすばかりであった。

 かつて、松前や駿河へ向かう交易船、いわゆる弁財船が沖合いに何隻も停泊し、積みきれないニシンの生簀として使用されたという袋澗。直線的に掘られた水際には、今にもニシン袋を積んだ小舟が姿を現しそうな気配を漂わせている。緑色に透き通る足元を魚群が過ぎる。覗き込むとそれはニシンではなく、アカハラだった。

 その袋澗を見下ろすように、丸い小石が不ぞろいに混ざった粗いコンクリートでできた橋と、古い素彫りのトンネル。その向こうには日本海。何もかもが”絵”になるその場所は、何時間いても飽きることがない。

 近年、積丹半島の開発が目覚しい。数年前に念願の未開通部分がつながり、半島をぐるっと一回りできるようになってからは、それこそ毎年のように何らかの景色の変化に気づく。そのひとつに、昨年開通した盃温泉下の新トンネルを含む、国道二二九号線の整備がある。この袋澗を含むいくつもの入り江のせいで、改修されたとはいえ急カーブの連続であったが、そのいくつかは長いトンネルと入り江をまたぐ橋で直線的にショートカットされた。それは今現在、この袋澗の手前の岬まで来ている。

 もしこの袋澗に橋が架けられるようなことがあるなら、間違いなくこの大正時代の遺構はわれわれの前から姿を消してしまうことになるだろう。まるで、沖へ去って消えてしまったニシンのように。

 

(注・平成一六年の執筆後、国道二二九号線の改良工事に伴って袋澗に架橋されたため、景色は大きく変わってしまいました)

 

ⒸhiDeki (hideki kubo) 2001           Contact ・ st-pad@digi-pad.jp

 

ご注意・この北海道旧道保存会ホームページ『裏サンドウ喫茶室』では、寄稿者の方々の研究成果を発表しています。掲載の文・カット・図版等はそれぞれ著作者の権利が保護されています。無断で他の媒体への引用、転載は堅くおことわりします。当ホームページ掲載の地図は、国土地理院長の承認を得て同院発行の当該地域を含む5万分の1地形図及び2万5千分の1地形図、数値地図25000及び数値地図50mメッシュ(標高データ)を使用、複製したものです。<承認番号 平13総使、第520号><承認番号 平13総複、第390号>このホームページに掲載されている場所は、自然災害や経年変化などで取材時よりも状況が著しく変化している場合があります。