【旧道エッセイ・堀 淳一紀行集】
Vol、10 湿原に護られて近づき難い沼の群れ ──浅茅野南方の瓢箪沼・第二沼・無名沼 堀 淳一
国土地理院発行 二万五千分一地形図『浅茅野』(平成7年修正測量)より抜粋。縮小しています。
湿原に護られて近づき難い沼の群れ
──浅茅野南方の瓢箪沼・第二沼・無名沼
堀 淳一
浅茅野市街から天北線跡のサイクリングロードを歩いていった。七月のはじめ。雲の薄衣の棚引くセルリアンブルーの空から降りそそぐやわらかな日ざしと、頬をほわほわと撫でてゆくさわやかな微風が、足を弾ませる。
サイクリングの両側はタンポポとアザミが咲き競う草のベルト。そのすぐ外側に続く輝かしい緑の疎林が折りおり路面に影を落として、ちょっとした木漏れ日の風情をつくっている。並んで歩いている真尾さんと富田さんの象と仔馬のユーモラスペアも、いたくたのしそうだ。
南東に約一キロ半歩くと、浅茅野台地を南北に走る道路と交差する。そこで右折。
「あそこに墓地がありますね?」
と、富田さんが、行く手やや右を指す。
「えっ墓地? 墓地なんてないでしょう」
と、真尾さん。
「いや、ありますよ」
と富田さんがゆずらない。私も見えなかったが、地図に眼を落とすと、たしかにそこに、墓地の記号があった。
「地図に記号がありますよ」
「あっ、あった! 見えなかった!」
と真尾さんは降参する。「ある」と思って見ると、見えるのだ。
「墓地があるんだから、そこに入ってゆく道が必ずあるはずだ。それを入りましょう」
道は果たして、あった。が墓地までで、その先は牧草地がひろがっているばかり。しかし牧草はきれいに刈られていて、牛も馬もいない。人もいない。勝手に入っても大丈夫だろう──いや、誰が来ても「あの沼を見たいんですが、ちょっと入らせてもらっていいですか?」と言えば、ダメとは言わないだろう──
一〇〇メートルほど牧草地の中をゆくと、瓢箪沼がはっきりと見えてきた。
「おっ、よく見えてきた!」
「いいですね。でも小さいなあ。もっと大きくならないかなあ」
「いや、もう少し行けることは行けるけど、これ以上行くとこっちが低くなるんで、沼の手前の叢が上がってきて、かえって見えなくなりますよ」
「そうですね。まあこのへんが限度ですね」
沼は、海松色や鶯色の潅木をボチョボチョと立てたリーフグリーンの草原(湿原)の中に、銀白の水面をおだやかに光らせていた。湿原の右手と向こうには、スプルースグリーンの林に覆われた低い丘が這っている。沼の手前は大地を縁取る叢、足元からそこまでは鶸色と淡い小麦色とをぼかし混ぜてなだらかに下ってゆく牧草地。はうばうと広やかな眺めだった。
瓢箪沼の右端近くのちょっと向こうには、まるでヒナギクの一片の花びらのような小さな沼──名前のない沼が、きらりと光って見えていた。地図にはこの沼が、
ジャガイモ型の瓢箪沼の西に、親子のように似たひとまわり小さなジャガイモ沼として描かれている。が、真尾さんは言った。
「瓢箪沼とあの無名沼は、昔はつながっていたんじゃないですか? つながると、ちょうどヒョウタンの形になりますよ」
「あっ、そうだ! そうにちがいない。それが、くびれた部分が湿原化しちゃったんで、ぶんりしたんだ!」
よく見ると、二つの沼の間の湿原には潅木がなく、柳葉色のアシがいちめんに生えているだけだった。つまりそこは、まわりよりも格段に若い湿原なのだ。そしてこのことは前記の考えを強力な裏づけとなる!
もうひとつのさらに強力な裏づけが、あとでみつかった。すなわち、大正年代に測量された古い地形図では、たしかに二つの沼はつながっていて、正真正銘瓢箪沼になっていたのだ!
さて瓢箪沼は、浅茅野台地の中に深く入り込んだ谷の中──谷を埋める湿原の中にある(そのため接近が困難で、台地の上から眺めるだけにせざるを得なくなったのだ)のだが、実はこの同じ谷の中にもう一つ、第二沼という沼がある。
第二沼は、私たちが瓢箪沼を眺め下ろしていた地点(墓地の一〇〇メートル西)と瓢箪沼とを結ぶ線の延長上にある。が、実は二つの沼の間に南から台地の岬が延び出てきているため、そのほんの一部──さきの無名沼よりまたはるかに小さな銀白の一片──が、ようやく見えるにすぎなかった。
しかし、ともかくもこれで二つ(瓢箪沼と無名沼を合わせて一つの瓢箪沼、と考えて)の沼を見た、ということで一応満足して、先のサイクリングロードを引返していった。
参加者 真尾 富田 堀(コンターサークルs)
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