【旧道エッセイ】・北海道旧道保存会メンバーによるリレーエッセイです。

Vol、5  十二年後の旧道   常国 みどり

 「ああ、この辺はね~昔から‘出ない’って言われてるんだけど、ついこの間目撃情報があってね~、今年はちょっとヤバイんでないかい?」

 それは、岩内からタクシーに乗り、目的地のキナウシ方面に向かう途中、車窓から、眩しく広がるシャコタンブルーの日本海と岩や岸に寄せる真っ白な波しぶきのコントラストが美しい眺めを楽しんでいた私達に、水をさすかのようにドライバーが発した、山親爺情報だった!・・シーンとなる車内。ちょっとお~、そりゃクマの事は、旧道歩きの時はいつも頭に入れてはいるけど、地元タクシードライバーの話とあっては、信憑性が格段に増すじゃないの。

 なんだか妙にキンチョーしてきて景色を楽しむどころではなくなってしまった・・。

 私が「旧道」の存在、「旧道歩き」の楽しさを知るきっかけとなった、1992年発行の堀淳一氏著『忘れられた道』。

 この本の、最初に紹介されている「積丹半島西岸」は、積丹をこよなく愛する私にとって、「行ってみたい」「歩いてみたい」と、ずーっとずーっと願っていた場所でした。

 そして、2年前の5月、念願かなって、ようやく歩く事ができました。しかも、著者堀淳一氏がこの地を訪問してから12年目という節目に。そのキナウシ岬~大森間の旧道は、期待を裏切らない、いえ、期待以上の楽しさを満喫させてくれた道でした・・・。

  十二年後の旧道

           常国 みどり

 キナウシトンネル手前で下車すると、旧道への入り口は新キナウシトンネル施工の為の車両の出入り口になっていた。そのまま入って行こうとすると、現場のおじさんに「あんたたち!どこ行くのさ!!」と怒鳴るように呼び止められた。「この先の旧道を歩きに行くんです」と答えると、「ここは5時に閉めるんだから!!戻って来たって出られないんだから!!」と、すっごい剣幕!思わず私も同じ様に「戻ってきませんから!!」と言い返してあげた。

 あーあ、さっきの山親爺情報でどよ~んとした気持ちになっちゃったうえに、今度は人間の親爺にカチーンとさせられてしまったよ・・ったく、まだ歩き始めてもいないのにさ~。

 

 当然この歩きにおける私のテーマは、「十二年後の旧道はどんな風に変化しているのか?」。

 

 旧廃道は現役を退いてから急激に変化するというが、この旧道はどうなっているのだろう?まだトンネルは健在しているだろうか?どの位風景が変っているだろうか?なにより、12年前と同じ様に道は存在しているのだろうか?ヤブ化しているのではないか?

 その変化を比べる為、12年前に堀氏がカメラを構えた場所と同じ地点から同じ景色を撮影しようと計画した。

 

(注・『忘れられた道-堀淳一著』をお持ちの方は、お手元において読まれることをお勧めします)

 それにしても、本当~に天気が良い!

 顔を真上に上げると、青―い空にふわふわ浮かぶ白ーい雲が目に眩しい。前方に目を向ければ、どおだーっと言わんばかりの新緑が目に飛び込んでくる。加えて、風がとてもさわやかにそよ吹いている。そして道は・・・あるある、ちゃーんと残っている。しかも全然荒れてはいなく、轍が残る、とっても気持ち良く歩けそうな道である(写真1)。

 最高の旧道歩きになりそうな予感のするすべてのコンディションの良さに、私はワクワしてきて、さっきのどよ~ん&カチーンはすっかり頭の中から消えてしまっていた。

 歩き始めて程なく、ペッシャンコにつぶれてもう形を留めていない廃屋らしい残骸があった。地形図を見ると、確かに一軒だけぽつんと建物の記号が。こんな場所にポツンとあっただなんて、これって何だったの?まさか民家?なんて思いながら、パチリとカメラに収める。次に、キナウシ川を渡る場所で、両側の欄干が半分崩れてしまった橋をパチリ。残っていた欄干には“昭和35年10月竣工”と刻まれていた。

 

 そうして、緑にむせぶのどかな道をのんびり歩いていてふと気が付くと、さっきまで右も左も新緑に覆われた道は、いつのまにか、所々岩肌が目に付くようになっていた。―この旧道は、まずはキナウシ川に沿い

に上流に向かってずーっと伸び、それから日本海側へ向きを変えるというずいぶんなまわり道をするのだが、あまりにも気持ち良く歩いていたせいか、いつのまにかこのまわり道を折り返してきてしまったようだ。しまった!折り返し部分の川を渡る所を確認するのを忘れた~!!ん~失敗・・・!

 気を取り直し歩き始め、岩肌が露出し切り通しになっている場所でシャッターをきる。

 ここは『忘れられた道』に掲載されていた場所(写真2)。見比べると、崖の上に生えている木の枝が、心持ち太く、そして伸びたような気がした。

 

 と、誰かが「キツネだ!」と小さく叫んだ。目を向けると、金色の毛がとても鮮やかなキツネが。とっさにカメラを向けたが、ササッと草の中に隠れてしまった。

 最近は、遭遇しても人馴れしていて、媚びるような表情で人間に寄ってくるキツネばっかりの中で、久々にキツネらしい?キツネだったなー、と笑みを浮かべながら歩いていくうちに、前方に海が見えてきた(写真3)。

 さあ、ここから先は今日一番のお楽しみ、断続的に4つ存在する“ウエンチクナイトンネル群”に足を踏み入れるのだ!ワクワク度が更に増す。まずは、コンクリートの「ウエンチクナイ4号トンネル」。

 「3号トンネル」は、入り口は素掘りだが、反対側はコンクリートで整備されていて、まるで新旧合体したかの様(写真4、5)。

 それにしても、昭和時代の比較的新しい旧道とはいえ、どのトンネルも落石や崩壊などひとつも無く、堂々と立派に存在していたのにはちょっとびっくり。でもうれしい驚きだ。このままでも、文字どおり“遊歩道”として存分に楽しめる道である。

 だけど、さっきはビビッたよなあ~。

 「2号トンネル」もコンクリートの立派な面構え」(写真6)。

 「1号トンネル」は素掘りのトンネルで、草木の緑に埋もれるその入り口は、ちょっとしたコワさとムズムズの好奇心をそそらずにはいられないものだった(写真7)。

 12年前の道は、干支をひとまわりしても健在だった。しかも素晴らしい状態で。道そのもの、そこからの眺め、取り巻く自然、そしてトンネルという遺跡・・。

 こんなに気持ち良く楽しい旧道だったなんて、12年前にも歩いてみたかったなあ~。そうすればこの“歩き”も、12年の歴史を肌で感じられる一足違ったものになったかもしれない。またひとまわり、ふたまわり干支を巡ったら、この道はどうなっているだろう?荒れ果てて本当に「忘れられた道」になってしまっているだろうか。

――それは、2号トンネルを抜け1号トンネルに向かう途中のこと。突然、前方に黒い大きなものが出現したのだ!一瞬ハッとする。頭の中に「この間目撃情報があってね…」と言うタクシーのおじさんの声がよみがえり、体の中でサーッと血の気が引いた・・・。

 「あータヌキだ!」と同行のSさんがひと言。体の中にじわ~っと血が戻ってきた。「タヌキだよ、タヌキ、タヌキ!」とSさんは笑顔で何度も言ってくれるが、そのタヌキのまるまる太って大きいこと!私は生タヌキを見たのは初めてだったので、黒いだけに“山親爺の子供”かと思ってしまったのだった。 とりあえず、「ほ~っ」。

 だけど、「今日は最初にキツネを見た。次にタヌキを見た。だんだん大きな動物になってくる。今度は…」と想像したとたん、またもや頭の中にタクシーのおじさんの声がよみがえり、思わず熊除けの鈴を、これでもかあーっ!という勢いで鳴らしまくったのである・・・。

 

 イヤ待てよ、12年経ってこんなに素敵な道なら、更に12年後、24年後は、もっと気持ち良く、もっと素晴らしい、旧道ウォーカーを楽しませてくれる道になっているのでは?キナウシトンネル群もさらに歴史を重ね、郷愁を漂わせる味わい深いものになっているのでは?

 ま、それは12年、24年後のお楽しみ。干支を巡るごとに私はここを訪れよう!同じ場所でシャッターをきろう!と心に決め、青や藍色、群青、エメラルドグリーンと見る度に表情を変える日本海の眺めを堪能しながら、旧道を大森側へと下って行った・・・(写真8)。

 

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