【旧道エッセイ2nd】・北海道旧道保存会メンバーによるリレーエッセイ 道外版です。

Vol、6 10月の千葉 3.4m水準点と千葉城  根布谷 禎一

 東京と千葉を結ぶ大動脈国道14号線、通称京葉国道沿いにはいくつもの水準点がある。千葉市内でその京葉国道から国道126号線、通称東金街道に変わった辺り、つまり京葉国道の終点の水準点は、本町公園という小さな公園内にある。国道沿いでもなく、国道からはかなり離れたところに位置している。なんでそんなところにあるのだろう。かの有名な水準点の法則からも大きく逸脱しているじゃないか。そんなふとどきな水準点をこの目で確かめてやろうと、10月のある曇った日曜日に早速行ってみた。

10月の千葉 3.4m水準点と千葉城

      根布谷 禎一

 水準点は、公園の端にひっそりとあった。別に柵で囲まれているわけでもなく、また、よくある水準点のように、地面からにょっきりと顔を出しているわけでもなく、ただし、周りを立派にコンクリートで固められて、まるでお墓のようにあった。なぜ、こんなところに・・・・・、謎である。

 

 ところで、皆さんは千葉市にはお城があるのをご存知だろうか。それも5階建ての見事なお城を。このお城と水準点は目と鼻の先、水準点からもお城を眺めることができ、お城の最上階に登ってみると真下に水準点のある公園が見える。残念ながら水準点を見つけることはできないが、まるでお城が水準点を見守っているようである。

 しかしながら、このお城、4層5階建ての立派な天守閣になっているが、こんな天守閣は、まったく実在していなかったのである。中世の1126年に千葉常重が猪鼻山に建てたとされる千葉猪鼻城は、「館形式の中世式城郭であって、丘陵の突き出した部分を数ヶ筋の堀切で区画し、各曲輪に土塁をめぐらした程度のもの」であったといわれている。天守閣をもった城が、わが国にはじめて登場したのは近世の戦国時代である。

 天守閣など存在しなかったのに、千葉市は、昭和42年に歴史学者などの強い批判や反対を無視して、強引に天守閣をつくったのであった。でも、本当に見事なお城である。

 

 本当は実在しなかったお城に見守られている謎の水準点。この組み合わせにきっとあなたもミステリーな気分になれるでしょう。

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