堀 淳一 アーカイブ 『堀淳一 旅の記憶』

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ローヤルブルー

Great Orme Tramway

 1967年、堀淳一氏(以下、堀先生)は少なくともこの年の半分以上の長期間に渡って、イギリスを中心に北欧ヨーロッパをめぐり、その先々で多くの鉄道に触れています。当時はまだ、写真撮影が「専門技術」の域を出たばかりのころでしたから、海外の鉄道をテーマに撮影する日本の鉄道ファンの絶対数は少なかったことでしょう。その中で、若いころから地図とカメラを手に国内の鉄道路線をめぐっていた堀先生の目には、海外の鉄道が大変興味深いものとして映っていたに違いありません。その中でも、とりわけ「軽鉄道」に注目していました。「軽鉄道」とは、「路面電車、地方鉄道、都市間鉄道、狭軌鉄道、鋼索鉄道などの小鉄道、または大鉄道に属していても規格の低い支線とか、潭区間を走る軽車両を使ったローカル列車など、要するに小規模な鉄道や車両を総称する言葉のつもりです」と、ご本人の著書『英国・北欧・ベネルックス 軽鉄道の旅』(交友社刊1971年)の冒頭で書いていますが、国境を超える優等列車を差し置いて、ヨーロッパの数多くの市電やローカル鉄道の乗車記をその後もさまざまな書籍で紹介しています。それらの中には、国内ローカル線のごとく後に営業休止や廃線となってしまったものもありますが、現在でも立派に観光資源として運行が続けられている鉄道も含まれているのです。

 

『堀淳一 旅の記憶』 1話目は、イギリスの北ウェールズ、スランディドゥノという町にあるグレートオーム鋼索登山鉄道への小旅行をご紹介します。

【1967年 英国にて】

Great Orme Tramway ー グレート・オーム鋼索登山鉄道

 1967年7月22日土曜日の朝。週末の行楽客で混雑していたユーストン駅(ロンドン)発ウィンダーミア行の快速列車。コンパートメントの窓側の席に堀先生の姿がありました。この日はウェールズ北海岸にあるスランディドゥノという小さな町へ行き、奇妙な形をした小高い岩山に登る鋼索電車に乗るのが、堀先生の旅の目的でした。ユーストンを9:05に発車した列車は、イングランドの平原を北へ向かってひた走り、距離253キロを2時間12分という俊足でクルー駅に到着。ここでローカル列車のディーゼルカーに乗り換えです。プレスタティンを過ぎると海岸線に沿ってゆっくり走り、13:11に目的地スランディドゥノに到着です。

The Promenadeにて

 

「スランディドゥノは、白壁の家々がグレート・オームの異様な岩かべを背景に、ひっそりと並んでいる静かな美しい町でした。夏の行楽地の1つで、海岸は人で賑わっており、商店街も混雑してはいましたが、喧噪さが少しもなく、落ち着いた町のたたずまいが全くこわされていないのに感心しました。グレート・オームのふもとに向かって歩いてゆき、とある街角に佇んでいた若い女性に、登山電車の乗り場はどこかと尋ねたら、この坂を上って右へ曲がりなさい、とのこと。その通りに行ったら、なるほどGREAT ORME RAILWAYという大きな看板の出ているバンガローふうな建物の前に出ました。」

 グレート・オーム・トラムウェイは1902年7月31日に路面電車として開業した古い歴史を持つ鉄道で、公道を走る鋼索鉄道(ケーブルカー)としてはイギリスでは唯一のものです。1949年にスランディドゥノ市が営業を引き継いで以降、現在ではコンウェイ郡自治区議会が運営。2002年の100周年を機に欧州連合などからの寄付を得ながら大規模な改修を行い、単なる公共交通機関というだけではなく、歴史的遺産としての価値を高めながら現在に至っています。

 ケーブルカーとはいえ、車体は他に見られる傾斜に合わせた独特のひし形ではなく、通常の箱型になっています。したがって、急こう配を登るとこのように車体は前後に傾きます。向かい合わせの座席の山側は、油断するとずり落ちそうですね。

 

「電車の車両は窓まわりクリーム、そのほかはローヤル・ブルーにぬられた美しいもので、1902年の開業当時から使用されているという古さにもかかわらずガッシリしており、くたびれたという感じがまったくありません。窓がとても広く、客室とデッキの間のほかはガラスもなく完全に明けっぱなしで、眺望を心ゆくまで楽しむことができました。

 

ティ・グゥイン・ロードを登りきると、線路は道路から離れて草原の中へ入ってゆき、間もなく中間停留場――ハーフウェイ・ステーションに着きます。」

 路線は、開業時の下半分と後に延長された上半分の2本に分かれています。ここには下半分の線路のためのケーブル巻き上げ小屋があり、そのため線路は直接つながっておらず、頂上を目指す乗客はここで乗り換えなければなりません。上下合わせると延長は約1.5キロほどですが、下半分は平均こう配約16パーセントの併用軌道、上半分は同じく6パーセントの勾配で、ケーブルも枕木もむき出しの専用軌道です。右写真は併用軌道部の急こう配箇所。20パーセントを超える傾斜があり、歩いて登るのも大変そうです。

 

「頂上には立派なホテルがあり、そのまわりに草原が広がっていて、一巡すると、南にコンウェイ湾を隔ててウェールズの最高峰で、有名な蒸気登山鉄道(スノウドン登山鉄道――Snowdon Mountain Railway)のあるスノウドン山とそれを囲む山々を、東に低い丘陵とリトル・オーム岬を背景にしたスランディドゥノの町を、西と北には淡々とひろがるアイリッシュ海を見渡すことができます。アイリッシュ海はちょうど登山鉄道の塗色のローヤル・ブルーと似た、どっしりした濃い青色の海で、この日は天気にめぐまれて、水平線上にマン島がかすかに見え、島を訪れた日のことをなつかしく思い起こしながら、ひと時を立ちつくしたのでした。」

「岬をめぐる鋼索電車~グレート・オーム鉄道」より

Church Walks通 ふもとのVictoria駅

Ty-Gwyn Road 急坂の途中

Ty-Gwyn Road 急坂を見下ろす

まもなく山頂駅

Great Orme 山頂駅直下よりスランディドゥノ市街を望む

※この項は『鉄道ファン』(1968年12月 90号)に掲載された『英国の軽鉄道ところどころ6』および『英国・北欧・ベネルックス 軽鉄道の旅』(堀淳一著 交友社刊)掲載の内容をベースに紹介しています。どちらも入手困難な本となっていますが、機会があればぜひ原本をお読みいただくことをお勧めいたします。写真はオリジナルのモノクロフィルムを使用して画像処理。カラーは創作です。

 

※引用文と写真撮影 堀淳一

※解説文および画像処理 久保ヒデキ

※下にグレート・オーム鉄道のWEBページURLを記します。

※Great Orme Tramway WEBPAGE

    https://greatormetramway.co.uk/