定山渓鉄道資料集

【定山渓鉄道沿線百話 その六四

        「強力過ぎた電気機関車と電力事情」】

 

 蒸気機関車がもうもうと煙と蒸気を吐きながら、マッチ箱のような客車を連ねて山間を縫うように走っていた大正期の定山渓鉄道が、大きくその姿を変えたのは昭和四年一〇月でした。全線電化で生まれ変わったのです。開業から一一年、この間に定山渓温泉は訪れる観光客も増え続けて温泉街は大きく発展します。一日五往復足らずでは輸送力の限界を超えていたゆえの大改革だったのです。この時から、「マッチ箱のような」客車で二時間かけた温泉行列車は、見慣れないパンタグラフを載せた一〇〇人乗りの大型電車に代わり、スピードもアップして所要時間が約半分と良いことづくめ。北海道では珍しい乗り物ということで温泉ではなくこの電車を目当てに来る客も多く、連日満員だったのだそうです。

 

 この電化に際しては、昭和三年一〇月の臨時株主総会において資本金を一二〇万円に増資、うち七〇万円を王子製紙系の北海水力電気株式会社に仰ぐことを決定。翌年春より全線で一斉に電化工事が進められました。当時は電化に対する知識が会社にはほとんどなかったことから、工事にあたっては設計から施工、さらに電車の習熟運転まで一切を三菱電機株式会社がすべて担当しました。

 それまで使用していた古い二二.五キロレールを、その場で電気溶接によって独特の形に組み合わせ、札幌軟石の土台を用いて線路際に設置していく突貫工事により、わずか一年足らずで工事を完了します。新たに敷かれた太いレールの線路に沿って続く銀色の架線柱。そしてその架線下をパンタグラフで風切りながら走る新型電車は、新潟鐵工所製作によるモ100形四両で、定員一〇〇人の電車は北海道で初となりました。

 

 電化の要である変電施設は藤ノ沢停車場に隣接する敷地に建設され、三〇〇キロワット回転変流器三基を備えた大規模な施設となりました。これは、札幌送電会社と北海水力電気相互に供給される交流電気によって変流器を動かし、電車の運転に必要な直流電気を発電する施設で、七五〇ボルト供給の電気鉄道が多かった当時としては数少ない一五〇〇ボルトで送電していました。供給先が二つに分かれているのは、万が一どちらかの供給先にトラブルがあった際に対応するためでした。

 電化による集客効果や、昭和六年に北海道鉄道株式会社の東札幌~苗穂間を電化して電車乗り入れを開始したことによる輸送力増強のため、昭和八年にモ200形一両(モ100と同性能)を新造します。さらに昭和一三年には国鉄から譲渡を受けたモハ1形モハ1038を車体改造したモ301が入線。電気容量に余裕がなくなる可能性が出てきたことから、変電施設の増強(藤ノ沢変電所に新たに三〇〇〇キロワット回転変流器一基を増設)が行われます。

 時代は下って昭和二〇年代、続々と新しい電車が増備されることになりますが、再び従来の藤ノ沢変電所だけでは必要な電気容量を確保できなくなることが予想されたため、北茨木停留場に隣接する敷地へ新たに変電所が設けられることになりました。昭和二八年一一月一日のことです。風冷式イグナイトロン水銀整流器を備え一〇〇〇キロワットの出力増となり、その後のモ1200形など高出力な電車にも対応可能となったわけですが、実は昭和三二年四月に入線した定山渓鉄道最後の新造車両にして初の電気機関車ED500形二両が活躍するには、この時点ではまだ足りなかったと言われています。

 旅客輸送は電車が担っていた一方で、貨物列車は蒸気機関車による牽引が続いていたのですが、豊平峡に大型ダム建設の計画が持ち上がって投入されたのがこの電気機関車でした。定格二〇〇キロワットの電動機を四基持つこのED500形でしたが、この二両が同時に運用に付くと出力が上がらない状況もあったそうです。国鉄の乗り入れ列車は客車が一二両編成となることもあり、牽引力不足から重連で対応すべきところが豊羽鉱山専用線へ導入されたはずのDD450形ディーゼル機関車との重連運転を行うという、苦肉の策も見られたそうです。

 もとよりED500形入線による変電設備の増強は当初から計画されていたのかもしれませんが、その後、当のダム建設計画がとん挫した事情から中断した可能性もあります。もっとも、そのわずか三年後をピークに鉄道利用客は減少に転じ、変電施設の増強も行われないまま鉄道廃止を迎えることになります。

 

※カットは上段左よりED500形電気機関車車両竣工図表。東札幌の電車庫に二両並んだED500。下段左より藤ノ沢変電所。北茨木変電所(のち澄川変電所)。

 

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