定山渓鉄道資料集

【定山渓鉄道沿線百話 その三四 「曲線表の空欄」】

 

 定山渓鉄道は、東札幌停車場を起点として定山渓停車場まで延長二七.一八〇キロメートル(昭和四四年の営業廃止時点)、標高にして一八.七メートルから二九六.九メートルまで駆け上る山岳鉄道的な面を持つ路線でした。大正二年の氾濫により計画路線の変更を余儀なくされるという、スタートからつまづいた歴史を持つことからもわかるように、暴れ川と呼ばれた豊平川の屈曲する上流域に沿って遡るルートは、必然的に急曲線を描く難所が続き、線路敷設には相当な困難が伴ったものと思われます。いえ、それは敷設時にとどまらず当然のことながら保線にも苦心を重ねていたはずです。

 定山渓鉄道線路平面図によれば、半径最大一二〇七7メートルのものから最小一六〇メートルまで全線で七三か所の曲線部を持っていたことがわかりますが、特に簾舞を過ぎて豊平川と接する崖上からは極端に直線が少なくなります。延長一七.四四キロメートルに位置する簾舞停車場から同二〇.七七キロメートルの滝の沢停車場までのわずか三キロ少々の間では、実に一九か所の大小の曲線がつながり直線区間はほんのわずかでした。この間、地形図で見ると豊平川は簾舞付近から八険山を回り込むように、いくつかの沢を加えながら右へ左へ大きく蛇行していることがよくわかります。その川の流れに沿う狭い段丘崖上に敷かれた線路は、毎年の雪解け水による路床流失との戦いが長年続けられていたはず。場合によっては、さらに山側を削って線路を敷きなおす、といった大がかりな作業を伴うことも少なくなかったかもしれません。

 

 『曲線表』という資料があります。起点より終点までの、すべての曲線部における延長キロ、半径、交角、直線長、対応設計速度などを記載したものですが、手元にあるこの曲線表には実は抜けている部分がありました。

 一七.九三八.八〇キロメートル始点の曲線の次より、一九.〇三七.一七キロメートル始点の曲線の前までがすっぽり抜けているのです。この区間、線路平面図上によればちょうど一八キロポストを過ぎたあたりより一九キロポスト付近、半径三〇六.七五メートル、二〇一.一七メートル、四〇〇メートル、二五〇メートル、そして一〇〇〇メートルと五つの異なる曲線が、距離にしておよそ五〇〇メートルほどの間に連続しています。複数の、しかも半径も曲線長も異なる曲線が連続的に続く箇所はほかに例がなく、ここだけの特徴でもあるのです。地形的には、この間には唐沢(今の空沢)および深い渓谷となっている板割沢川が続きます。道路で言えばこの板割沢川を

越えるために深く谷を回り込み、急なカーブと急こう配が続くためにかつて「七曲り」と言われた難所に符合する場所でした。線路の場合はこの板割沢川の深い渓谷部を盛土で渡し、直径一.二二メートルのトンネルを設けて川を通す方法がとられました。

 こうした沢を渡る他の箇所では単に「こう橋」と記載されているのですが、この板割沢川だけは「疎水隧道こう橋」と特別な名称で呼ばれていることから、おそらくトンネルはかなりの長さがあったものと思われます。もちろんそれは図面上からの推測であり、実際には常に土木改良が行われてきた結果、なのかもしれません。つまり曲線表に抜け落ちた部分があるということは、曲線半径の変更を伴う比較的大きな線路位置の移動工事が繰り返し行われていた可能性がある、ということも考えられます。事実、板割沢付近では盛土構造による弱点で、幾度も増水による路盤流失に見舞われていたのです。

 

 大正時代の鉄道建設時においても相当な困難を伴う土木工事だったことは容易に想像できますが、この曲線表の空欄は、その当初の線路の位置と廃止時のそれとは多少のズレがあって、必ずしも一致していない可能性を暗示しているような気がします。廃止から四六年目の雪解け時期が近づき、沢を越える箇所はもちろん、豊平川の崖上を通っていた線路跡の流失箇所はこれからもさらに増えるものと思われます。この板割沢川区間は、廃止後の昭和四九年に歩いた際にはすでに盛土を切り崩している黄色い重機の姿があったことから、比較的早い時期より撤去作業が進められていたようです。線路跡の、再開発の対象とならない他の箇所のようにレールと枕木、架線柱を撤去した上で自然崩壊に任せる、というよりは治水上の観点からいち早く撤去した、という印象です。現在はこの板割沢川を渡る盛土区間はその後の度重なる増水などで流路も変化し、線路跡をたどることは不可能となりました。

 

※カットは、左より線路縦断面図および平面図の当該箇所。曲線表の数値が抜けている部分。そして、当時の保線作業を記録した貴重な写真(N.SASAKI氏提供。平面図上の赤丸地点から右方を撮影したもの)。

 

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