定山渓鉄道資料集

【定山渓鉄道沿線百話 その一四 「小金湯温泉」】

 

 定山渓鉄道が開業した大正七年ごろ、定山渓温泉より約五キロメートルほど豊平川を下ったところにはもう一つの温泉場がありました。黄金湯温泉と呼ばれたそこでは、源泉のある川の近く、大きなカツラの木とともに一軒の小さな温泉宿、黄金湯温泉旅館が建っていました。線路はその宿を見下ろす丘の上を通っていて、この時、まだここには駅が設けられていませんでした。後に北海道三景にも選ばれ人々の賑わいを増してゆく定山渓温泉とは対照的に、こちらは田んぼのそばのこじんまりとした湯治場風情が、昭和の初めごろまで続いていたのです。

 

 この地が拓かれたのは、通説では明治二三年春に今の簾舞から小金湯付近に開設された、札幌農学校第四農場の小作人として熊本から入植した四名が最初と伝えられています。しかし、それ以前の明治一六年ころには広島より複数家族が無願入植したという記録も残されているのですが、巨木の生い茂る厳しい環境と貧困のため開墾できず、わずか数年と持たずにこの地を離れてしまっていたのだそうです。

 

 黄金湯温泉は同じ明治一六年ころ、吉川太左ヱ門という人物が川のほとりから源泉をひき、温泉宿を建て、経営していたらしいことが記録に残されています。この吉川太左ヱ門という人物は、明治四年に平岸へ入植した旧仙台藩士一族の一人で、どういういきさつでこの温泉宿を経営することになったのかは定かではありません。今となっては推測するしかないのですが、明治四年に定山渓温泉の湯守となっていた美泉常山が、彼が入植したこの平岸村にしばしば立ち寄っていたことから互いに深い親交があったのかもしれません。すでに、かの地にも温泉が湧出していることを知っていた常山が生前、そのことを吉川太左ヱ門に伝えていて、後に単身で入植開墾したとも考えられます。

 当然のことながら、川のほとり、岩間から源泉を宿まで導くための段取りなどは常山が詳しかったはずなので、一六年に黄金湯温泉旅館を開業する以前から(つまりは前述の広島からの入植者が入る以前から?)常山とともにこの地に通っていたのかもしれません。

 通説の”熊本開墾”より先に、すでにこの吉川太左ヱ門

の手により黄金湯温泉旅館が生まれていたことは、記録からも間違いないことのようです。

 大正七年に話を戻すと黄金湯温泉旅館はこの時、経営者が三代目の稲田金之助に代わっていました。簾舞周辺でもすでに七〇戸の小作農家が住むほどに開拓も進み、黄金湯周辺も住む人も増え、湯治場としての存在も大きくなっていったと思われます。列車行き違いのための岐線が設けられていた滝の沢が停留場となった大正一三年以降はここが最寄りの駅となり、湯治客も増えていきました。定山渓温泉に対する「前の湯」と称されたのもこのころ。近隣の開拓が進むにつれて農家が増え、共同浴場のような存在だったのかもしれません。

 やがて、明治二六年に払い下げによって黄金湯温泉旅館の隣地に土地を取得していた、中谷弥三右衛門の子孫が受け継いで、昭和一一年に更生園という温泉旅館を開業。湯治客の増加に定山渓鉄道が応える形で、この年の一〇月、国道へ上る小路の踏切の並びに小金湯停留場を開駅しました。背後に小高い斜面を背負い、曲線部の途中に無理やりホームをこしらえた小さな停留場でしたが、二階建ての住込み住宅兼待合室、売店を備え、その後鉄道の廃止を迎えるまで小金湯温泉街のシンボルであり続けました。

 

 ちなみに土地名である黄金湯ですが、その語源がはっきりと示された記録は見当たりません。入植者が入った明治二三年ごろは平岸村字一の沢熊本開墾、と呼ばれていたそうですが、それ以前にすでに温泉旅館の名前として”黄金湯”が登場しています。泉質は単純硫黄泉(低張性アルカリ性低温泉)であるため、湯元に硫黄が付着してそれが黄金色だったとか、源泉付近の川底に黄銅鉱の露出が見られること、さては砂金が出るからなど諸説あります。しかし、いずれの説によったとしても停留場が開設された昭和一一年には、土地名もその後”小金湯”に字を変えていったようです。

 その後の小金湯温泉ですが、昭和一九年に札幌で割烹を営んでいた斉藤源蔵が別荘を建て、戦後まつの湯旅館として営業。湯元なかやは平成に入って小金湯パークホテルと名前を変え、最も古い歴史を持った黄金湯温泉旅館は平成一九年五月に前述の小金湯パークホテルとともに閉館して土地を売却。湯元小金湯という近代的な温泉施設に生まれ変わり、現在に至っています。

※写真は左上から時計回りに、黄金湯温泉旅館の歴代経営者。昭和一九年ごろの黄金湯温泉全景。小金湯停留場開駅から一番最初の切符。開駅からまもないころの小金湯停留場。

 

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